コロナで学ぶこと、コロナより恐ろしいこと2020/09/19

まだまだ先が見えない世の中ですが、ここ中盤(私がコロナの終息時期を予想して)
個人的にコロナを通していろんなことが見えてきました…

大きく2つに分けると・・・
人類の幸せにとって何が大切で何が正しいのか?
気づく者と気づかない者

「私は私」有名で偉大なシャンソン歌手の自伝の表紙に描かれた言葉ですが、私もその言葉に共感できるように、今日まで生きてきました。自分が思うように好きなように自由に・・・
コロナ禍であってもほぼ変わらない、日常で継続してきた旅や趣味はもがれることなく今も継続できています。
それは旅であれば懇意にしてきた施設が健在してくれていること、更にコロナ禍であってもいち早く対処していること。
もとはといえば地道に継続してきたぶれない経営の甲斐あってなのでしょう、大きな弊害はありません。
ですから利用する私たちも特に変わることなく利用できるというのは本当に有難いことだと思いました。
大した話ではありません。要するに日ごろからどれだけ問題意識をもって精進していたかということです。
結局利益追従型であったり、インバウンドに傾倒していた施設は大変な教訓になったでしょうね。
同時に日本文化の大切さや日本国内の景勝地が多く見直されたのは本当に良かったと思いました。
そして、世界でも注目されているのは「自然のある住まい」!

今やNYのアパートやテナントは暴落しているとか。

資本家は郊外に別荘など多くの不動産を所有しているので影響はないのでしょうが、中間クラスの人にとっては大打撃!

私は全くNYなど都会に住むこと自体若いころから魅力を感じていませんでした。

住む場所は本当に大切なのです。これは私の父が口癖に言っていた言葉です。目の前に道路なあるような家やアパート、高層ビルはもってのほかだということで・・・

低層住宅で風致地区の不動産選びは大変でしたが、偶然の出会いで恵まれました!(^^)!

自然界との出来事もたくさんあって日常過ごすことに幸せを感じています。



コロナは個人的には原点に立ち返ることが多くありました。
幼いころに行った懐かしい場所などの話題が出てきたり、不思議な経験が重なりました。この話は割愛します。

それからコロナは悪いイメージですが、コロナを切っ掛けに「思いやり」と「感謝」を意識できれば先々の世の中は明るく照らされると思っています。
そして、本当に感謝しなければならない人に感謝できてこそ、人は幸せになれると思っています。
コロナ禍で予定が大きく狂った、打撃を受けた、お金だけでなくいろんな意味でマイナスが多い人ほど、見直す必要があるのではないかと思われます…

ぶれない人はコロナ禍でも創意工夫をして健在に持ち場を守っています。
悲しいかなコロナによって人の心が二分されたのは事実だと思います。

そのことに気づいたのであれば、もちろん勝ち残っていけるでしょう。
本当に感謝しなければいけない人に「ありがとう」という言葉をかけてみてはいかがでしょう・・・
私ももっと人との繋がりを大切にして「ありがとう」と言いたい!



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