最期のお別れに・・・ ― 2012/12/30
25日から東京は4日間滞在でした。
滞在中、朝のニュースで勘三郎さんの葬儀を知り、これはお焼香させていただかねば、、と旅に必ず持参する珊瑚の数珠を持って築地本願寺に飛んでいきました。
滞在中、朝のニュースで勘三郎さんの葬儀を知り、これはお焼香させていただかねば、、と旅に必ず持参する珊瑚の数珠を持って築地本願寺に飛んでいきました。
私は余程のことがなければ行列には並びません。
当然ですが、勘三郎さんのお別れに関しては全くそんなことは関係なかったのですね。
陽もどんどん暮れ、身体も冷え切ってきましたが、高齢者の方も多くいらっしゃいました。また、若い男性の弔問者も多く、如何に多くの人から愛されていたかが分かります。
奇しくも、先週、京都で6代目勘九郎襲名にも肖り、今回、勘三郎さんの最期の葬儀にも参加出来た事はとても感慨深い気持ちでした。何かに引き寄せられたかのように・・・
まさか、お焼香までできるとは・・。
結局、2時間半が経ち、お焼香出来ました。
朝一番に来られていた方は5時間はお待ちになっていたことを思うと、大したことではありませんでした。
遺影は生前の勘三郎さんのお人柄そのものの温かい眼差しで私たちを迎え入れてくれていたような感じでした。
お焼香終わって、勘九郎さん、七之助さんに会釈をして後にしました。
最期は記帳をして帰りました。
これほどまでに悲しいことはありません。まるで身内がなくなったかのように、、、。
私もそれほど歌舞伎を観ていませんでしたが、以前、南座で観た勘九郎さんの頃のお芝居には圧倒されました。
そして、松本で来年は観たい!と思っていたのが残念無念でなりませんね。
先日の勘九郎さんの舟坊弁慶での1人二役の舞は素晴らしかったので、今後期待できそうです。
中村屋主がいなくなったのも、日本の伝統芸能の宝を失った悲しみは無限大です・・・・
これからも機会があればもっと歌舞伎を観たいと思いました。
今回は黒のワンピースに真珠を着けて正装していきましたが、まるで準備していたかのようでした・・・


